
クンフーというジャンルが香港映画になかった時代、人気俳優でありながらも自らアイディアを練り、初めて脚本、監督を手がけたジミー・ウォング渾身の一作。本作の登場によってその後の香港アクション映画に多大な影響を与え、ブルース・リーが香港でクンフー映画を作るきっかけになったと言われている。またQタランティーノ監督が『キル・ビルvol.1』のクライマックスの青葉屋大乱闘シーンの参考にした作品として近年知られるようになった。日本では、1974年に公開されたものの、ヒットに至らなかったために、長らく題名しか知られない幻の作品と化していたが、ついにその全貌を見ることができるのだ。

忠義武館の道場に柔道家のタオ・アル(チャオ・ション)が道場破りに現われるが、道場主のリー・チュンハイ(ファン・ミエン)に敗れ、1ヶ月後に空手家を連れて戻ると捨て台詞を残して去る。その言葉通り、タオは沖縄空手の北島(ロー・リエ)ら3人を連れて忠義武館を襲い、リー以下、道場生のほとんどが北島たちに殺されてしまう。重傷を負いながらも生き残ったレイ・ミン(ジミー・ウォング)は、リーの娘シャオリン(ワン・ピン)に助けられ、殺されたリー師匠と仲間たちの復讐を誓う。そして以前、師匠が話していた空手対策の鉄沙掌と軽功のことを思いだし、過酷な訓練を開始する。一方、忠義武館なきあとの街では、タオは北島たちの力を借り、賭博場を開き、高利貸しをして、好き放題していた。技を習得したレイは、顔にマスクをして街でタオの部下たちを痛めつけ、賭博場に乗り込んでいく。そしてついに北島たちと決戦の時を迎える!

ジミー・ウォングがショウ・ブラザースで一石を投じて作った『吼えろ!ドラゴン 起て!ジャガー』が日本公開されたのは、1974年、それもロマンポルノを手がけていた日活が、『燃えよドラゴン』以降に起ったクンフー(当時は空手)映画ブームに乗じ、一般作路線の中で公開した作品であった。だが、興行的にふるわず、近年『キル・ビル』が公開されるまで、日本では一部コアファンにしか評価されなかった幻のクンフー映画であった。
70年代当時のショウ・ブラザースはワーナー・ブラザースとの関係が深く、ワーナー日本支社では数多くのSB作品が社内選定試写にかけられたが、香港映画に興味を持つ者など当時は誰もいなかったそうである。もし、『燃えよドラゴン』公開前にワーナーが本作や他のSB作品を公開していたらと考えると、現在のショウ・ブラザース作品の一般的な認知が違っていたのではないかと考えられる。『片腕』シリーズの印象が強いジミーさんだが、本作を知ることがジミー作品及びクンフー映画のベースを知る上で重要なのは間違いない。
なお、今回の日本発売において、日活の倉庫に保管されていた予告編ネガを借りることができたが、日本版制作前の文字なし映像素材だったことが判明し、当時の日本公開版予告編でなかったことは残念であった。しかしながら、保管状態がよく、色彩も鮮明なうえに、香港版より50秒近く短い内容だったことを知ることができたのはまことに貴重であった。貸していただいた日活に拍手を送りたい。
筒井修(映画宣伝プロデューサー)
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