
『片腕ドラゴン』(72)『片腕カンフー対空とぶギロチン』(76)で“天皇巨星”ジミー・ウォングが演じた片腕のヒーロー。そのヒーロー像の原型を作り上げ彼の出世作として、香港映画界に“陽剛”路線という新たな男性アクション映画を確立させたチャン・チェ監督による大ヒットシリーズ第一弾!当時としては香港映画初の100万ドルの興行収入をあげ、アジア諸国でブームを巻き起こした。また、ジミー・ウォング自身の当たり役となり、71年『新座頭市 破れ!唐人剣』では勝新太郎と共演している。

子供の頃、殺された父親の願いで金刀派の当主チー・ルーフォン(ティエン・ファン)に育てられたファン・カン(ジミー・ウォング)は、武芸に秀で道場の後継者ともくされていたが、兄弟子達から嫉まれていた。争いを拒んだファン・カンは道場を去る決意をするが、師匠のわがままな娘が彼を愛するがゆえの嫉妬心から、なんとファン・カンの右腕を切り落としてしまった。瀕死の状態をさまよう彼を救ったのは、死んだ父がやはり武侠家で今は農業を営む娘シアオマン(チァオ・チァオ)であった。失った右腕の痛手から立ち直れず、ならず者からもいいようにやられていた彼は、シアオマンが差し出した秘伝の剣術指南書と、片腕でも自由に操れる父の形見である折れた刀を手に、片腕必殺剣をあみ出す事に成功する。その頃、金刀派には敵の策略で危機が近づいていた。亡き父の仇でもある敵を倒すために、ファン・カンは師匠チーに復讐しようとする長臂神魔(ヤン・チーチン)との戦いに向かった。

2003年の秋、ジミーさんことジミー・ウォングが東京国際ファンタスティック映画祭で来日した時のことである。「若い頃にはキン・フー監督やチャン・チェ監督たちと黒澤明監督とかの日本映画をよく見に行っていたよ」という話を彼から聞いた。
1960年代の香港では、東宝や日活の直営館が香港にあり、 日本映画が数多く上映されて人気を博していた。『片腕』シリーズのキャラクターは、当時大ヒットして人気の高かった座頭市を意識して作ったのかという質問をジミーさんにぶつけると、彼は一言「そうではない」と言った。
新しい武侠作品を模索していたチャン・チェは、 金庸の小説「神G侠侶」や古典小説として名高い「水滸伝」などをヒントに新しい武侠作品を作ろうとしていたそうである。
そして生まれた作品が『片腕必殺剣(獨臂刀)』であった。公開当時の香港は、66年に文化大革命が起き、67年には香港67騒動が起きるという社会的に不安定な時期であった。
ちょうどその頃に登場した片腕の英雄によって、動揺していた人々は新たな希望を見い出したに違いない。香港で初の100万HKドルの収益(今で言ったら『インファナル・アフェア』クラスの大ヒット)をあげた本作は、今も根強い人気である。
「利き腕が使えないから撮影中にバランスを崩して大変だったよ」というジミーさんが楽しそうに語るその顔は自慢げであった。
筒井修(映画宣伝プロデューサー)
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