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悲劇の美男武打星、アレクサンダー・フー・シェン

ショウ・ブラザースにおいて最も高い人気を誇り、また最も悲劇的な最後を遂げた武打星、それがアレクサンダー・フー・シェンだ。

フー・シェンは1954年12月20日に"太平紳士"と呼ばれた香港有数の富豪・張人龍の息子として生まれた。16歳で俳優養成所・南国實験劇團に入ったフー・シェンは、やがてチャン・チェ監督の寵愛を受け『復讐ドラゴン必殺拳』(72)などに端役出演。そしてチャン監督が台湾に立ち上げた長弓電影公司の創業作品『嵐を呼ぶドラゴン』(74)の方世玉役に抜擢されると、その甘いマスクと俊敏な功夫アクションで一躍スターの座に着く。フー・シェンはラウ・カーリョンから南拳を学び、後年に蔡李佛拳の大家イェン・リーリョンから蔡李佛拳を学んだと言われるが、私がフー・シェンとの二枚看板で数多くの作品に主演したチー・クアンチュンにフー・シェンの武術歴について聞くと「いやフー・シェンは武術は全く出来なかった。全て現場で即興で覚えていたよ」との証言に唖然としてしまった。さて、フー・シェンはチャン監督による"少林英雄傳"系列の『洪拳與詠春』(74/未)や『続・少林寺列伝』(75)などでショウ・ブラザースを代表する武打星となると、続く『洪拳小子』(75/未)や『蔡李佛小子』(76/未)といった"小子片"系列にも次々と主演し、76年12月には親友ティ・ロンを通して知り合い熱愛中だった人気歌手ジェニー・イェンと結婚。2人は『唐人街小子』(77/未)の撮影を兼ねてサンフランシスコに飛び、ハネムーンを楽しむなど幸せの絶頂にあった。

さて、その後のフー・シェンはチャン監督の次世代ユニット“五毒”たちとの共演や、チュー・ユアンやスン・チョンなど他の監督の武侠映画にも主演し、フー・シェン自身さらなる飛躍を遂げようとしていた矢先、遂に運命の83年7月7日を迎える。

前日7月6日の夜、フー・シェンは実弟で武打星のチャン・チャンポンの運転するポルシェ911の助手席に乗りショウ・ブラザースでの会合に向かう途中に自動車事故に遭遇!フー・シェンは衝突したポルシェから救出され病院に搬送されるも翌日の7日に息を引き取った。享年僅かに28歳。

生前諸事情により撮影が中断していたラウ・カーリョン監督作『少林寺秘棍房』(84)と、同じく撮影中だったバリー・ウォン監督作『南斗官三闘北少爺』(84/未、フー・シェンは映画の中盤僅か15分のみの出演)が遺作となった。銀幕で見せる、時に勇猛、時にコミカルな佇まい、そして愛くるしい笑顔の思い出を多くの人々の心に残したアレクサンダー・フー・シェン。そのベスト・ワークを挙げれば、功夫映画なら『洪拳小子』、武侠映画なら『風流断剣小小刀』(79/未)だろう。

その『風流断剣〜』のエンディングでは、闘いに勝利するも傷つき瀕死の小刀(フー・シェン)が僚友の段長青(ティ・ロン)が差し出す手をまさに握ろうとするその姿に、愛妻ジェニー熱唱の主題歌が物悲しく流れ幕となる。その歌声はまるで若くして逝った“薄命の貴公子”のあまりにも早過ぎた死を悼む葬送曲であるかのような悲しみに満ちていたのである。

知野二郎(香港功夫映画評論家)

アレクサンダー・フー・シェン 出演作品

1972年 『十四女英豪』
1973年 『警察』
1974年 嵐を呼ぶドラゴン』『洪拳與詠春』『少林子弟』『続・少林寺列伝
1975年 『洪拳小子』
1976年 少林寺列伝』『蔡李佛小子』
1977年 『射雕英雄傳』『唐人街小子』
1978年 『冷血十三鷹』
1979年 『風流断剣小小刀』『絶代双嬌』
1980年 『英雄無涙』
1981年 『龍虎小爺』
1982年 秘技・十八武芸拳法
1983年 『花心大少』
1984年 『南斗官三闘北少爺』『少林寺秘棍房